オタクとげんしけんと篠房六郎と痴漢男

2ch発のウェブ漫画、痴漢男で、
「オタクだって別にいいじゃん/趣味がキモいんじゃなくてそういう趣味を持っている人がキモいんでしょ?」
というフレーズがあった。
これが2006年現在の一般的なオタク感だろう。
実際僕も(特に最近は)オタクであるということは隠してないし、言っても引かれるということはない。


しかし、僕にも覚えがある。
それは例えば深夜放送で見たケンイシイのExtraのPVであったり、
DAICON4の胸揺れであったり、パトレイバー2の素晴らしいカット割であった。
誰にも理解されないということがまた喜びでもあったが、
誰とも共有できない悲しみを同時に持っていた。
だが、「そんな子は、いまは、いない」篠房六郎は言う。


平野耕太はかつて以下略。シリーズ、「すすめけん」で、
「なんで俺たちには『げんしけん』がなかったんだ!?」と書いていた。
それと同じことを、篠房六郎も感じていたのだ。
萌えや萎えだけでない、オタクの喜びと悲しみを。
それが失われていこうとする過程を。


ぼくたちは、平野耕太篠房六郎の嘆きと、
その後の世代、全てが共有され並列化されていく世代の感情を同時に持つことが出来る最後の世代なのかもしれない。


#追記03/13
おれと同じ事を考えてる人がいた!
ラブラブドキュンパックリコ - 超豪華同人誌ふたたび! 『げんしけん』9巻特装版
しかもおれより凝った内容だしおもしろいぞ!